- 2008-11-12 (水) 22:31
- Column
学校に小説の草稿を持っていって(といっても書き上げたのは第一章のみだが)、手直しする。
序盤はそこそこ前から書いてあったものなので、今の文体と相当な乖離が見られる故、その手直し。違和感なく繋がるかは微妙だが、まあいいや(!?)
文章全体の統一感。
もうホントに投げやりな雰囲気で書くと、「『ですます調』『である調』どっちにしようか」、その程度の統一感でいいじゃん! っていう感じ。
だが、小説は人の目に触れるもの。公衆の面前――とまではいかないかもしれないが、とにかく学校の部誌に公開するわけなので、投げやりにぐちゃぐちゃとは絶対書けない。責任感と罪悪感の問題だ。
だから、しっかりと見直して、文体をしっかり統一したい。
唐突だが、半年間で文章って凄く変わる。
こうやって僕はブログで書きなぐると言っても良いくらいに文字を書きまくってますが、半年前の文章と今の文章を比べると、明らかに今の方が良い感じに仕上がっていないでも無い。
と思って昔の文章読んだけど、中々面白いじゃん。今年の四月とか見てみたけど、なかなか書けてる。
文芸部のおかげで文体が安定しているらしい。
そりゃもう高校に入って安定するまでの2007年秋までの記事なんて読めたもんじゃないですけどね。
レビューなんて今の形(曲名をstrongで囲う)になってからやっと読めるもんになったって感じ。
あ、統一感の話だっけ。閑話休題。
例えば、本邦未公開の小説、「森」にこういう一節がある。
旅人は歩いているうちに、草むらにもいろいろな種類があることに気付いた。がさがさとした、枝の硬い草むら。柔らかく、簡単にかき分けていける草むら。葉が茶色く変色し、もろくなって、かき分けるとマントに草のかけらがつく草むら。そんな様々な草むらを二人は進んだ。しかし、いくら進んでも、広場は見当たらなかった。旅人のマントにも、狩人の帽子のペンダントにも、葉のかけらが大量についていた。旅人はひどく息切れしていた。
今ならどう書くだろうか、と考えても全っ然思い浮かばない。この小説のこの一文章、これでもうひとつの完結系を呈していて、手の加えようが無い。
実は「森」という小説は一度だけ公開しようとしたことがあるのだが、なんというか、あまりの文章の稚拙さ(『文体』ではない)に途中で辟易して止めてしまった、という経緯がある。
だが、稚拙さは稚拙さで脇に置いておいて、それにしても自分也によく頑張って書いた小説だと思う。
確かこれ書いたとき、2005年とかだった気がする。
PowerBookに入ってためちゃくちゃ古い機種のWordで書いた記憶がある。
まあとにかくそんな感じ。
統一感を崩すこと無く小説に手を入れるのは難しい。だから、小説がまだ完成していない”今”のうちに手を入れないといけないのだ、と思う。
おしまい。
- Newer: だから、何だ。
- Older: スピッツ - 34th Single「若葉」
Comments:0
Trackbacks:0
- Trackback URL for this entry
- http://www.nenem.org/archives/1505.php/trackback
- Listed below are links to weblogs that reference
- 日記 #081112 from Western Voyager - 西のたびびと -


