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群像

 駅前でデモ隊がわけのわからない言葉を連呼している。
 一人が叫び、後の全員がそれに続く。最初に叫んでいる人の言葉もわけがわからないし、それを全員で叫ばれるとなると、声が混ざりに混ざってまさに混沌の様を呈するのだ。
 デモ隊の横では、髪の毛を茶色く染めた女子高校生が、間延びした声で電話をしている。これまたわけのわからないことだ。
 噴水の横を通ると、スーツに身を包んだ、サラリーマンらしき男性が鳥にえさをあげている。これもわけがわからない。

 僕らの青春は、わけのわからないことだらけ、それだけでできているようなものだ。
 なんであんなにくだらないことで笑える—あるいは笑えた—のだろうか、そして、なんであんなにくだらないことをしたのだろうか。今考えると、わけのわからないことだ。
 昔の友人と会うと、折に触れてそう言った話になる。世間で言うところの、武勇伝とでも言ったところか。
 武勇伝と言ってもそんなに大したことはしていない。車にひかれそうなおばあさんを助けたことも無いし、三対一で不良と対峙したりしたことも無い。むしろ、それは今考えると悪いことであることが多い。例えば、学校の授業をさぼって近くの河川敷で野球をしたりだとか、そういったことが『武勇伝』として語られる。それは、それが『武勇伝』として語られた時代が我々にあったということを意味する。
 そういうことが、「若者のすべて」ではないにしろ、僕らはとにかく、そうやって青春を謳歌したものだ。
 僕は、昼休み、公園のベンチに座ってそんなことを思い出していた。

***

 ちょっと手を眺めてみる。働けど、働けど…ではないにしろ、決して楽でない毎日。でも、繰り返される毎日。
 一日の後に二日が来るし、二日の後に三日が来る。しかし、日ごとに起こった出来事の内容で、日々をカテゴライズしてみなさい、と言われると、僕たちは延々と『カテゴリ1:学校に行って帰って寝る』を繰り返している—、『休日』という特定の日以外は。
 僕たちはその『休日』をとてつもなく楽しみに待っていたし、去っていくのを寂しがった。祝日なんかで三連休になったときなんかは、小躍りして喜んだ。祝日が土曜日で、振替休日が無かったりすると、どうしようもなく落胆した気分になった。
 そのくらい、『休日』は、その頃の僕たちにとって、とてつもなく大事な物だった。

 僕たちは休日にいろんなことをした。
 いろんなこと、それは、家にずっとこもっていることだったり、外に遊びにいくことだったり、恋人とデートへ行くことだったり、あるいは塾へ勉強に行くことだった。
 塾へ勉強に行くことでさえも、平日とはなにか違う特別な気分を感じられたし、まさにそんなことだって僕たちの休日だった。

 そんななかで、僕は、特に何の変哲もない休日を過ごしていた。
 単純なくつろぎの時間である。僕を拘束するものなど何も無い。友達とカラオケに行ったり、公園でスポーツをしたり—。
 僕がよく覚えているのは、僕が遊ぶ「友達」の一人である。僕はこいつのことを話したい。

 彼と僕とは小学校の頃からの友達だった。名前はここでは晒すことはできない—、彼の許可を取っていないからだ。いまでは疎遠になってしまったが、未だに年賀状のやり取りはする。「今年もよろしく」、と送る。会いもしないのに、不思議なものだ。
小学校のとき、「何の職業に就きたいか」という、業者のアンケートがあった。全国の小学生のアンケートの統計を取って、公開するというものらしい。
 みんながみんな、ありがちなことを書いた。男子は「野球選手」、「サッカー選手」など。女子は「お花屋さん」とか「ケーキ屋さん」とか。そんなもんだ。
 しかし、そんななかで彼は、一人だけ「映画監督」と書いた。僕に見せてくれたアンケートには、拙い字で「えいがかんとく」と書かれていた。僕はその光景をまだ覚えている。

 彼が映画監督になりたかった理由は、別にここに書く必要のないような他愛もないものだったと思う。僕はあまり彼が「理由」を語ることを覚えていない。あるいは、彼は「理由」など一回も言わなかったのかもしれない。
 彼はとにかく、映画監督になるために勉強をした。映画監督になるための勉強、というのが僕にはよくわからない。
 テレビアニメなんかでよく見る映画監督のステレオタイプは、大声で「カット」と言って拍子木みたいなのを鳴らす。小学生の僕に映画監督とはどういうものか、というのは断片的にしかわからなかったし、今でもよくわからない。
 高校生になっても、彼は夢を諦めなかった。
 高校生にもなると、「野球選手」になりたかった男の子は、ほとんどがいつのまにか「公務員」を目指すようになる。「お花屋さん」を夢見た女の子は、ほとんどがいつのまにか「OL」なんかを目指すようになっていく。
 彼は、そんな周りに流されずによくやった、と、僕は思う。

 最終的に彼は映画監督になるという夢を叶えた。
 大学で本格的に映画について学び、短編映画でデビューした。
 僕は、彼に招待券を貰って、それを見に行った。
 評論家たちは、若き映画監督に賞賛を惜しまなかった。「才能の萌芽」とか、「新しき切り口からの芸術的邦画」とか、そんなことを言った。

 あるとき、彼は僕と酒を飲みながら言った。「なんか緊張するよ」
「なんで?」僕は彼に訊いた。「映画の公開はもう終わっただろ? 評論家からあんなに褒めちぎられたんだから、もう心配することは無いじゃないか」
「いいや、違うな」彼は唇を噛んだ。「問題は『次』なんだ。わかるか? あいつらは、俺に今何を求めてると思う? もう、『その次』を求められてるんだよ。『最初が良かったから、あとは安泰』とか、『もう十分稼いだからあとは楽だよな』とか、周りのやつはそう言う、もちろん君は違うけど…。でも、違う。俺は、映画監督になりたかったんだ。そして、いまでもなりたいんだ。俺は映画監督であり続けたい」
「なるほど」
「映画監督は大変だ。休日は無い。いつでも研究が必要だ。評論家の目も気にしなければならない。失敗は許されない。失敗すると、いくらすばらしいものをつぎに持ってきても、先入観を持った視点から見られてしまう。『あいつは前回の映画がだめだった、だから今回はコレコレだ』とか」
「なるほど、僕にはあわないな」僕は酒を一口飲む。「僕には休みが必要だし、よく失敗するし」
「次、期待しとけよ」彼は言った。そして、そこで僕たちは分かれた。

 彼の『次』は、素晴らしいものだった。
 いままでの彼の生活や経験をあたりに散らばらせて、そこにフィクションを交えることで、妙な実体感と空虚感を見事に調和させていた。
 でも、評論家たちの間では、評価が分かれた。
「何を言いたいのかわからない」「シュールレアリスムの皮を被った無意味な話だ」というのが悪い評価を下した評論家たちの言葉。
 良い評価を与えた評論家たちは、だいたい僕と同じことを思っているようだった。「具象と抽象のハーモニー」、「斬新な、純文学的映画」

「アレ、仮タイトルは『群像』っていったんだ」前と同じ場所で飲みながら、彼は言った。「でも、ポスターをつくる直前になって変えた」
「なんで?」僕は彼に訊いた。
「あからさまかなって」
「なろほどねえ」僕は思い浮かべる。あの映画に『群像』というタイトルがついているということを。たしかに、そのタイトルはあの映画にはあからさますぎた。
「『群像』でいいかな、って、途中まで思った。でも、それじゃあつまらないだろ? 確かに、評論家には絶賛されるかもしれないが、僕はそんなことより、一般聴衆の、何か…、…こう、気分? そういうのを変えてみたかったんだ、いっぺんね」
「確かにあの映画は『群像』じゃないほうが良いと思う」僕は彼にきっぱりと言う。「違和感をおぼえるし、確かにあからさまだし、あんまり面白みが無いな」
「だろ?」
「君が正解だ」僕は酒をぐいっと飲む。君が、正解だ。

 そうやって飲んで、僕たちは別れた訳だが、僕はそれから彼に会っていない。

 最初に既に述べているように、年賀状のやり取りはするが、—それだけだ。
 もちろん彼も、ついでに言うと僕も忙しい。ふたりともいっぱしの社会人なのだ。僕らはいつまでも「野球選手」「お花屋さん」を目指す小学生でいることはできない。よくわからないことだけど、ほんとうにそのとおりだ。
 僕たちが遊んだ『休日』は、まるで流れていく景色のようにどんどんと後ろの方へと追いやられていく。そして、僕たちの『今』は、前からどんどんとやってくる。それを見ないことには僕たちは生きていけない。

 ちょっと手を眺めてみる。働けど、働けど、…ではないけれど、僕たちのあのころの景色は、今どこにあるのだろう、そんなことを思うと少し切なくなる。
 『今』という風景をカテゴライズすると、ほとんどすべてが『カテゴリ2:会社で働いて帰って寝る』に所属するだろう。今やそんな暮らしだ。
 『今』は会っていない、映画監督になった彼も、そんな風に暮らしているのだろうか。僕は首を回す。そろそろ昼飯でも食うかな。僕は、公園の薄汚れたベンチに座って、弁当を食べる。

 ここからは大通りが見える。
 デモ隊は長い列をなして、さっきまでと同じ言葉を連呼している。まったく、わけがわからない。
 女子高校生はいつの間にか携帯電話をしまい、時計をちらちら見ながら、待ち合わせの相手をひたすら待っているようだ。
 噴水のそばではサラリーマンらしき男性が、僕が今やっているのと同じように、弁当を食べている。

***

 僕は弁当を食べ終わる。時計を見ると、まだ少し昼休みが終わるまで時間がある。ちょっと会社でコーヒーでも飲むかなあ。
 僕は立ち上がり、公園から出るべく立ち上がる。
 公園を出ると、いつの間にかデモ隊は姿を消していて、いつもと同じようなたくさんの人々があたりをずんずんと歩いている。
 僕は、ゆっくりと会社までの道のりをたどる。そして、その群像絵画へとゆっくり同化していく。


あとがき:
とくにあとがき書く必要ないかな…と思いつつ、ちょっとだけ、言い訳を兼ねながら追記をば。
普段僕の小説は、結構会話文が多いような気がする(あくまでも『気がする』)。
でもこの小説においては、なぜか(意識はしなかったけれど)、主人公の視点から観る客観的情景描写が多かったように感じられる。
主人公が、比較的「冷めた」性格をしている。ような気がする
こんな小説を書いたのは初めてだったので、いろいろとよくわからない部分もあった。
でも、なにげに書いてて楽しかったです。関係者からの評判は芳しくなかったような気がするけど。

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